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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1076号 判決 1960年9月21日

控訴人 木尾サチ 外六名

被控訴人 国

訴訟代理人 横山茂晴 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。鹿児島県肝属郡田代村麓字外木野五千百六十六番山林五百六十一町六反八畝十四歩のうち、別表(一)記載の石標18を基点とし、別表(二)記載の1ないし135に相当する各地点を経て右石標18に至る線を以て囲まれた部分(別紙図面記載のとおり)が原告の所有であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述並に証拠の関係は、控訴代理人において「前控訴人(原告)木尾左衛は昭和三十四年一月九日死亡し、控訴人サチは妻、その余の控訴人は左衛の子としてその遺産相続をなし、前主の権利義務を承継したものである」と述べ、更らに甲第四十五号証、第四十六号証の一、二、第四十七号証を提出し、当審における証人浜田新四郎、瀬口邦一、馬込善治の各証言及び検証の結果を援用し、被控訴代理人において左衛の死亡並にその相続に関する事実を認め、当審証人鵜沼芳尾、池水政二の各証言及び検証の結果を援用し、前記甲号各証は不知と述べた外、原判決事実の記載と同一につき、これを引用する。

理由

当裁判所は次のとおり付加する外、原判決と同一理由に基き控訴人等の本訴請求を認容し難いものと判断したので、原判決の説示を凡て引用する(なお前控訴人木尾左衛の死亡並に控訴人等相続の事実は当事者間争がない。)。

(一)  甲第四十五号証は田代村役場備付の図面写であるというけれども、これを原図と認むべき成立に争のない甲第四十二号証(明治十二年作成同村字絵図)と対照するに、甲第四十五号証記載の区域は凡て字久木野と称せられた地域であつて、原図面上平木場その他の字名の記入がないこと明かであるから、同号証により五一八〇番の山林の部分が古来字平木場と称せられたことの証拠とすることはできない。

(二)  控訴人等の新に提出した甲第四十六号証、第四十七号証、その援用にかかる証人浜田新四郎、瀬口邦一、馬込善治の各証言を以てしても、未だ本件係争地域が旧時野々山平右衛門等において鹿児島県令より地券下付の指令を受けた開拓免許地田代川原村字平木場反別八町歩に包含されるとの事実を的確に断定するに足りない。

(三)  尤も、控訴人等の祖先木尾善右衛門が明治十年十一、二月頃野々山平右衛門よりその当時としては可成りに多額の金二百五十円という代価を支払つて、同人所有の平木場反別八町歩の山林並に地上立木を買受けた事実、検証の結果によつて窺われる本件係争地の地形、容相が甲第一号証の開拓願に添付された絵図面の模様と見方によつては相当に近似している事実その他従来の経過等から察すれば、木尾善右衛門以来木尾家側としては、本件係争地までも「平木場一円」として表現される開拓免許地に包含されるものと信じ、その信念の下に係争地に対する所有権を主張して多年の間官に対し苦情ないし抗争を続けて来たものと思われ、従つて一概にこれを不当とすることはできないもののようである。しかし、右開拓願添付の絵図面は大体の地勢を示したのみで、距離、方位等の記載もない極めて不完全な見取図にすぎず、これによつては果してどの範囲までが開拓願出にかかる「平木場一円」と記載された区域であるか判然しないばかりでなく、若し絵図面に記載する川筋より山嶺若しくはその向側の山麓に至るまでの一帯を含む地域とすれば、概略二、三百町歩にも達する広大な面積となり(原審証人釘田直介、当審証人馬込善治の各証言参照)、如何に明治初年のこととは云え、窮乏の士族一家を救済するための開拓免許地としては余りにも広範囲にすぎ、これがそのまま平木場反別八町歩として地券下付の対象となつたものとは、常識上にわかに肯認することができない。結局原判決説示の如く、控訴人等の主張は十分の立証なく、認容し難いものといわざるを得ない。

(四)  仮りに係争地の沿革的事実に関する控訴人等の主張が一応正当であるとしても、控訴人等先代木尾左衛及び池田正衛等より、従来の官民有地境界に誤謬ありとしてその改訂方を申立てたのに対し、昭和十四年一月熊本営林局長が国有財産法の規定に基き、改めて民有地たる久木野五一八〇番の一、三(木尾左衛所有)及び同番の二(池田正衛所有)の土地と久木野五一六六番の国有林地との境界査定を行うこととし、同局属池水政二をして実地を踏査せしめた結果に基き、同年二月四日従来国有地に編入されていた久木野五一六六番の土地のうち本件土地を除いた実測十町一反四畝歩を五一八〇番の一部に属するものとして、官民有地の境界を現在の境界のように査定する旨決定通知したことは、原審において控訴人等先代が一旦自白しながら、その後右境界査定は実質的には国と民有地所有者との間における一部所有権の異動を目的とする私法上の契約にすぎないとして自白を徹回するに至つたのであるが、右自白が事実に反し且つ錯誤に出たことの証明はないので、自白の撤回は許されない。しかも、成立に争のない乙第十六号証の一、当審証人馬込善治の証言により成立を認める甲第四十七号証によると、木尾左衛より当局に対し同人所有地と国有地との間の地租改正に伴う境界査定は甚しく事実と相違し、且つ隣接地所有者の立会を欠く等手続上にも瑕疵あることを理由に再査定を求めたのに対し、農林省当局側がこれを容れ、熊本営林局長に指令して改めて境界査定を施行せしめたことが明かであるから、実質的に右査定処分が私法上の契約であるとする主張は理由がない。

然るところ、控訴人等は右境界査定に当り係員池水等は控訴人等先代の立会を拒否し、一方的に査定を実施して境界を認定したのであるから、無効であると主張するけれども、境界査定につき隣接地所有者の立会を欠いたからといつて、それだけで査定処分は当然無効に帰すべきでないばかりでなく、熊本営林局長は隣接地主木尾左衛及び池田正衛(代理人木尾左衛)に対し、期日を通知して査定の実施に立会わさせ、新に設定した境界線の要所に石標を設置してこれを明瞭にし、且つ査定の結果は同人等に通知した上、査定図に異議なき旨記載して調印せしめたこと、原審証人池水政二の証言により成立を認める乙第一号証の一、成立に争のない同号証の二ないし十二、第十三号証第十四号証と原審並に当審における証人池水政二、鵜沼芳尾の各証言に徴し明白であるから、控訴人等の右主張は採用し得ない。

なお、控訴人等は、右査定は係官の事実と異る報告に基き錯誤によつてなされた無効のものであり、仮に一応有効な処分とするも、これによつては相隣地の境界が確定されるだけで、土地所有権の帰属には影響がないから、控訴人等先代の有した本件土地の所有権は右査定の結果失われる筈はないと主張する。然し、国有財産法の規定に基き当該官庁のなす境界査定は、単に隣接する官民有地の境界を調査確定するに止らず、その境界によつて区分される官有地の区域を決定することを目的とする行政処分であるから、仮りに事実の誤認に基き不当に境界を認定した場合であつても、それが権限ある官庁の裁決又は判決により取消されることなくして確定するときは、本来民有地たるべくして官有地に編入された区域については、最早その所有権の帰属を争い得ない結果となり、その限りにおいて民有地の所有権は消滅するに至るものと解される。従つて右に反する控訴人等の主張は理由がなく、控訴人等は今更ら適法の手続によつてなされた査定処分を無視して、既に官有地の一部とされた係争部分の所有権が自己に存することを主張することは許されないものというべきである。

然らば同一趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由なき故これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)

別表(一)(二)<省略>

添附図面<省略>

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